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大阪地方裁判所 昭和59年(ヨ)5499号 決定 1985年8月29日

申請人

越牟田政亮

右訴訟代理人弁護士

野田底吾

羽柴修

古殿宣敬

被申請人

ゴールド・マリタイム株式会社

右代表者代表取締役

丹波基

右訴訟代理人弁護士

本多彰治郎

主文

申請人が、被申請人に対し労働契約上の地位を有し、かつ、株式会社辰巳商会に勤務する義務のないことを仮に定める。

被申請人は申請人に対し、昭和六〇年七月から第一審本案判決言渡に至るまで毎月二五日限り金三八万一八〇〇円を仮に支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人の本件申請をいずれも却下する。

2  訴訟費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実

次の事実は当事者間に争いがない。

1  被申請人は海運代理、仲立等を主たる業務内容とし、肩書地(略)に本社、東京、横浜、神戸に各支店を有し、従業員約一二〇名を擁する株式会社であり、申請人は昭和三三年一二月被申請人に雇用され、同五六年一二月本社ビルマ部経理本部長になった。

2  申請人は昭和五九年二月二〇日被申請人から懲戒解雇の意思表示をうけたので、当庁に対し地位保全仮処分申請をしたところ、同年一一月一二日労働契約上の地位を保全し、賃金の支払を命じる旨の仮処分決定がされた。

3  そこで、被申請人は同月二六日申請人に対し、昭和五九年二月二〇日の懲戒解雇処分を取消すとともに、改めてビルマ部経理本部長を罷免し、部長に降格する旨の懲戒処分をし、かつ、同年一二月三日付をもって株式会社辰巳商会(以下、辰巳商会という。)に出向するように命じた。

4  被申請人は申請人に対し、昭和五九年一一月三〇日付書面で出向日を同年一二月六日に変更する旨通知し、申請人も被申請人に対し、同年一一月三〇日付書面で同年一二月六日まで年次有給休暇を取得する旨の意思表示をした。

被申請人は申請人に対し、同月三日付書面で同月六日は辰巳商会に出向して浜口取締役から指示をうけるように命じ、同日の有給休暇の取得を許可しない旨を通告した。

5  申請人は被申請人に対し、昭和五九年一二月六日付書面で、同月七日から同月二八日まで年次有給休暇を取得する旨通告して、同月六日には辰巳商会に着任しなかった。

被申請人は申請人に対し、同月七日付書面で同月六日に辰巳商会に着任しなかった理由を書面で明らかにするように求めるとともに、直ちに着任するように指示し、指示に従わない場合には懲戒処分もあり得ることを示唆した。更に、同月一〇日付書面で右有給休暇は辰巳商会への着任後に改めて辰巳商会において取得手続をするように指示した。

6  申請人は昭和五九年一二月一三日当庁に対し、辰巳商会へ出向する義務のないことを仮に定める旨の仮処分申請をした。

7  被申請人は申請人に対し、昭和五九年一二月二四日付書面をもって、(一)正当な理由なく辰巳商会への出向を拒否したこと(就業規則四六条九号)、(二)上司の時季変更指示を無視して有給休暇を取得し、正当な理由なく長期欠勤したこと(就業規則四六条八号、四号)、(三)上司の業務上の指示命令を無視し、被申請人の定めた日までに出向先に着任しなかった理由を明らかにする書面を上司に提出しなかったこと(就業規則四六条八号)を理由として、就業規則四五条一項により同月二七日付で諭旨解雇する旨の意思表示をした。

二  被保全権利

被申請人の就業規則には、懲戒処分として、譴責、減給、出勤停止、役付罷免及び降格、諭旨解雇、懲戒解雇が定められ(四五条一項)、懲戒事由として、「一八条の手続を経ない無断欠勤または正当な理由のない欠勤をしたとき、但し、懲戒解雇は無断欠勤継続一四日以上または正当な理由のない欠勤が継続二〇日以上に及んだ場合に限る(四六条四号)。」「上司の業務上の指示、命令に従わなかったとき(同条八号)。」、「正当な理由なく配置転換、転勤、出向を拒んだとき(同条九号)。」と定められていることが一応認められる。

そこで、右懲戒事由の存否について検討する。

1  出向命令に至るまでの経緯

前記争いのない事実と疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 申請人は昭和五六年一二月から被申請人の本社ビルマ部経理本部長として、斎藤常務の下で同部を統括すべき地位にありながら、無断早退、職場離脱が多く、社員との協調を欠き、管理職としての職責を全うしていなかった。

被申請人は、申請人が昭和五九年二月一六日無断早退したことを契機として、同月一七日申請人に対し同月二〇日付をもって無断早退等を理由に懲戒解雇する旨の意思表示(以下、第一次解雇ともいう。)をした。

(二) 申請人は、その頃当庁に対し、被申請人を相手方として地位保全、賃金仮払の仮処分を申請した(当庁昭和五九年(ヨ)第八六四号事件)。昭和五九年一一月一二日、申請人が被申請人に対し労働契約上の地位を有することを仮に定め、かつ被申請人は申請人に対し同年三月から第一審本案判決言渡まで毎月二五日限り金三八万一八〇〇円を仮に支払うことを命じる仮処分決定がされた。

(三) そこで、被申請人は申請人に対し、昭和五九年一一月一九日付書面で、申請人の処遇については被申請人の機関において検討するので、追って通知するまで自宅で待機するように命じ、金員の支払については関係機関との意見調整のうえ早急に支給する旨通知した。

(四) ビルマ部は、従前申請人を本部長、城谷を部長として、その二名の指揮下に業務を遂行する体制をとっていたが右両名が昭和五九年二月二〇日付で解雇された後は、斎藤常務が直接ビルマ部の部長を兼任して総括し、課長代理の小丸の下に直接的現実的な業務を遂行する体制をとるようになった。

被申請人は、ビルマ部の業務が従前よりも円滑に遂行されるようになっていたことから、申請人を復帰させるにあたり、従前のようにビルマ部に配置することは全く考慮しなかった。

また、被申請人の関西地区の各部も申請人の受入れについて消極的であった。

そこで、被申請人は、ターミナル荷役業務契約を締結して下請をさせている辰巳商会との間で、同年一一月一日付で人事の相互交流を行なう旨の確認書を交わしていたことから、申請人を辰巳商会に出向させることにした。

(五) 被申請人は、昭和五九年一一月二〇日東京支社において懲戒委員会を開き、申請人の処遇について検討した結果、第一次懲戒解雇処分を取消し、改めて、ビルマ部経理本部長を罷免してビルマ部経理部長に降格する旨の懲戒処分を行なうこと、申請人の復帰後の処遇として辰巳商会に出向させることを正式に決定し、同月二六日申請人に対し前記一の3の出向を命じた。

2  出向命令についての個別的承諾の有無

被申請人は、申請人が昭和五九年一一月三〇日本件出向命令について承諾したと主張する。

そこで、検討するに、疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

(一) 申請人は被申請人から同月二六日本社に呼出され、第一次懲戒解雇処分の取消とともに、辰巳商会への出向を命じられた。斎藤常務はその際申請人に対し、就業規則にのっとって出向を行なうと述べただけで、出向先の職務内容、期間、労働条件等についての説明を全くせず、委細は辰巳商会で尋ねるようにと述べた。

申請人は、被申請人が申請人を隔離して嫌がらせをし、自主退職に追込むことを画策しているのではないかと懸念し、出向命令については検討させて欲しいと述べ、退社した。そして、その帰途申請人代理人を訪ねて相談をし、同代理人から充分に検討のうえ慎重に対処するように助言をうけた。

(二) 斎藤常務が申請人に対し同月二九日朝電話をかけ、早急に辰巳商会と連絡をとるように指示したところ、申請人は、本件出向について考慮中であり、被申請人に尋ねたいことがあるので暫らく猶予してくれるように要請した。

申請人は、同日辰巳商会の周辺を下見に行った。

斎藤常務は申請人に対し同日夜更に電話をかけ、翌三〇日出社するように述べた。

(三) 申請人は同月三〇日出社して斎藤常務と面談した。

その際、申請人は、出向した場合の通勤、住居確保の問題、休暇、勤務時間等の労働条件、就業規則の内容等について質問をした。しかし、出向先の労働条件の細目については被申請人にも分らないので、斎藤常務は、申請人に対し、辰巳商会の浜口と連絡をとって直接尋ねるように指示した。そして、斎藤は、申請人が浜口と会うことについて、「出向するということで聞きに行ってもらわないとおかしいですね。」「出向するということに対する連絡と我々は解釈しています。」と述べ、申請人は、「そうですよ。そうでないと、何の前提もなく、目的もなしに聞きに行くということは……。」と答えた。

(四) 申請人は右同日本社からの帰途、申請人代理人を訪ねて、右の事情を説明し、本件出向命令について違法であると訴え、その旨の書面を作成して被申請人あて送付してくれるように依頼した。

以上の事実が一応認められ、右(三)の事実によれば、申請人は被申請人に対し、右同日本件出向命令を承諾したかのように解される余地がないではない。しかしながら、申請人の右言辞の趣旨は前後の状況に照らすと必ずしも明確なものではないうえに、第一次解雇処分から本件出向命令に至るまでの前記二の1認定の経緯及び右(一)、(二)、(四)の事実を総合して勘案すれば、被申請人に対し、不信感を募らせている申請人が、出向先の労働条件を充分に調査しないままに、安易にこれを承諾することは経験則に照らし到底認め難いところである。

そうすると、右の言辞をもって、申請人が本件出向命令について承諾をしたということはできず、他にこれを疎明するに足りる疎明資料はない。

3  出向命令権の根拠

被申請人は、本件出向命令について申請人の個別的承諾がないとしても、就業規則には、出向して勤務をさせることがある旨規定し、出向についての詳細を出向規程で定め、また、従業員が正当な理由なく出向を拒んだことを懲戒事由と定めているのであるから、このように就業規則において出向義務を具体的かつ明確に定めている場合には、出向社員の事前の包括的同意が認められると主張する。

そこで、検討するに、疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

(一) 被申請人は、昭和四七年三月三日その従業員で組織する労働組合との間で転勤及び出向に関する労働協約を締結した。

右労働協約によれば、「出向とは会社及び組合に在籍のまま一定期間会社以外の職場で駐在勤務することをいう。また、その出向先については会社と資本的ないし業務上密接なつながりを持つ関連法人への派遣もしくは駐在勤務を建前とする。出向期間は原則として三年以内とする。出向に伴う付帯事項については、人事異動による転勤の条項すべてを適用するものとする。」等の労働条件について定められている。

(二) 申請人の入社当時の就業規則における出向に関する規定の有無は定かではないが、昭和五七年九月一日から実施された現行就業規則には、「会社は従業員に対し、他の会社または団体に出向して勤務をさせることがある(一〇条一項)。前項の出向については身分、労働条件を保障し、かつ別に定める『従業員出向規程』にもとづき行なう(同条二項)。」との規定がある。

そして、懲戒事由の一として、「正当な理由なく出向を拒んだとき(四六条九号)。」と規定されている。

「出向規程」は、「従業員で就業規則一〇条により、出向を命ぜられた者の取扱いについて定め(一条)」、その人事、服務、賃金等労働条件について詳細に規定している。

右の諸規定によれば、出向の規定が、配置転換、転勤の場合の規定と若干体裁が異なるとしても、現行の就業規則において出向義務が具体的かつ明確に定められているものと解することができ、また、右出向規定が就業規則の不利益な変更にあたるとしても、既に労働組合との間で出向に関する協議を経て労働協約も締結されており、本件に表われた諸般の事情を総合すれば右就業規則の条項の内容も一応合理的なものと解される。

したがって、被申請人は申請人に対し就業規則に基づき出向命令権を有するということが相当である。

4  本件出向命令の合理性

次に、本件出向命令について、申請人は、業務上の必要性もなく権利濫用であると主張し、被申請人は次のとおり合理性があると主張する。

即ち、申請人は管理能力、営業能力を欠如し、性格的な欠陥と相まって被申請人の組織及び業務を著しく阻害することが明らかであるため、復職後配置すべき部署がなかった。一方、被申請人は業務提携先である辰巳商会に対し、業務提携関係を強化するために人事交流をする必要があった。そこで、被申請人は、この際申請人を辰巳商会へ出向させて、辰巳商会との派遣人事の不均衡を解消するとともに、冷却期間を置くことにより、被申請人における申請人の受入体制が可能となることを期待して、申請人に対し本件出向を命じたものである。

以上のように主張する。

よって、検討するに前記疎明された事実と疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 辰巳商会は昭和五五年一二月一六日被申請人との間でターミナル荷役業務契約を締結し、以来被申請人の下請業者として業務上密接な関係があるが、資本、役員関係でのつながりはない。

被申請人は辰巳商会からの出向社員一名を受入れており、反対に辰巳商会からも被申請人社員の出向を要請されていた。しかし、かつて被申請人から辰巳商会への出向はなかった。

(二) 被申請人は、辰巳商会との間で交わされた前記昭和五九年一一月一日付の人事交流に関する確認書の趣旨から、辰巳商会とのパイプ役として職責を全うできる有能な人材が出向社員として適切であるという認識をしていた。

しかるに、一方、被申請人は出向させるべき申請人について、管理職としての能力もなく、性格的にも欠陥があるので、被申請人において受入れるべき適切な部署もない人物であると認識していた。

また、申請人は、神戸支店長代理、本社ロイヤルコンテナーライン本部長、ビルマ部本部長を歴任しており、従来の職務内容と辰巳商会とは直接の職務上の係わりはなかった。

ところで、被申請人は、申請人が辰巳商会への出向を拒絶した後、現在に至るまで、代替の人材を辰巳商会に出向させていない。

(三) 被申請人は、申請人の出向先の職務について、辰巳商会との間で具体的に協議して取決めることもなく、ただ辰巳商会に対し従前の仮処分の経緯及び申請人が被申請人の部長格にあることを伝えて、辰巳商会の浜口取締役の補佐として、申請人の従前の役職にふさわしい職務を用意してもらうように要請した。

そして、被申請人は申請人に対し、本件出向の必要性及び出向先の職務内容について何ら具体的な説明をすることもなく、委細は出向先に尋ねるように述べて、本件出向を命じた。

被申請人は、出向後の復帰を含む申請人の処遇については、現在特に展望を有していない。

以上の事実が一応認められ、右事実と前記二の1認定にかかる第一次懲戒解雇処分から本件出向命令に至るまでの経緯及び本件に表われた諸般の事情を総合して勘案すると、被申請人が出向命令権を有するとしても、申請人に対する辰巳商会への本件出向命令については、その業務上の必要性、合理性を具備するとは言い難く、かえって、定年まで残り少ない申請人を被申請人から放逐することを専らの目的として、被申請人の従属的な下請業者たる辰巳商会への出向に藉口したことが窺われないでもない。

したがって、申請人に対する本件出向命令は合理性を欠如し、出向命令権の濫用に亘る無効なものといわざるをえない。

5  本件諭旨解雇処分

本件出向命令が前記のとおり権利濫用により無効である以上、申請人が本件出向命令を拒絶したとしても、右拒絶には正当な理由があり、就業規則四六条九号(「正当な理由なく出向を拒んだとき。」)には該当しない。

そして、申請人の昭和五九年一二月三日から同月二八日までの有給休暇取得に関し、被申請人が早急に辰巳商会に着任すべき業務上の必要があることを理由に同月六日以降の休暇につき時季変更権を行使したにも拘らず、申請人がこれに従わずに長期欠勤したことが、就業規則四六条八号、四号(「上司の業務上の指示、命令に従わなかったとき。」「正当な理由のない欠勤をしたとき。」)に該当するという被申請人の主張についても、時季変更権行使の理由となる本件出向命令が無効である以上、右時季変更権の行使もまた正当な理由がないことになる。

したがって、申請人は、その届出のとおり有給休暇を有効に取得することができるのであるから、申請人の右所為は、右懲戒事由には該当しない。

次に、申請人が、被申請人から出向先に着任しなかった理由を書面で明らかにするように命じられたにも拘らず、右書面を提出しなかったことが、就業規則四六条八号に該当するという主張について検討するに、申請人が右書面を提出しなくとも、その理由については前記一の4、5認定のとおり申請人から被申請人に宛てた書面により既に概ね明らかにされているところであって、形式的には右所為が就業規則四六条八号に該当するとしても軽微なものであり、本件諭旨解雇処分を理由あらしめるに足りる事由になりえないことはいうまでもない。

したがって、本件諭旨解雇処分には正当な理由がなく、懲戒権を濫用した無効なものであるといわざるをえないから、申請人は被申請人に対し労働契約上の地位を有するということができる。

三  保全の必要性

疎明資料によれば、申請人は被申請人から支給される賃金のみをもって、実母、妻と四人の子らの生活を維持していること、申請人は毎月三〇日締切り当月二五日に賃金を支給されていること、申請人の賃金は本件諭旨解雇処分前(第一次仮処分決定後、支給されるべき賃金として精算され支給された賃金による。)基本給四〇万五〇〇円、家族手当二万五〇〇〇円、役付手当二万四〇〇〇円、福利厚生援助金六五八〇円であり、それから各種社会保険料、税金等が控除された手取賃金は四〇万四二七二円であることが一応認められる。

申請人は、賃金として右金額を下回る月額三八万一八〇〇円の仮払を求めているから、右の限度で仮払をうける必要性があり、また、前記の事情に鑑み辰巳商会に対し出向義務のないこと、及び被申請人との間で労働契約上の地位を有することを仮に定める必要性があるというべきである。

四  結論

以上の次第であるから、申請人の本件申請はいずれも理由があるので、申請人に保証を立てさせないで認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 上原理子)

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